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天皇賞・秋~血の涙を越えて

2000年。
21世紀最初の天皇賞・秋。
私は、東京競馬場にいた。

天皇賞・秋は、私にとって、特別なレースだ。
それまで競馬を敵視するほど嫌っていた私を競馬の世界に引きずり込んだレースが天皇賞・秋だった。

開門時間から競馬場に入り、いつもの2階スタンドに座る。
広い東京競馬場が一望できるいつもの場所。
ここから何度歓声と悲鳴を上げたか解らない。

その頃、私は原因不明の腹痛発作に苦しんでいた。
突然、何の前触れも無く気を失ってしまう程の激しい激痛が腹部を襲う。
何度も救急車に乗り、何度も検査を受けたが解らない。
そんな状態だった。

当時、まだ25歳だったが、起業しPCスクールを経営していた。
経営は順調で3教室を管理し、述べ200人の生徒さんにPCの基本から専門技術までを教えていた。
盛況のPCスクール経営とは別に、生徒さん経由の別件の仕事を依頼される事が多くなり、馬車馬のように働いた。
それが祟ったのかは解らないが、体調を崩し、入院がちになった。

やっと退院してきたある日、いつものように教室へ行ってみると、様子が違っていた。
購入した覚えの無いPCが数台置いてあり、行われているはずの教室には誰もいなかった。
立ち上げ当初から協力してやってきた、いわば「右腕」的な男に連絡を取るが不通。
教室を借りていた場所の管理人からは、「教室は解散した。」と聞かされた。

「・・・何だか解らないけど、何かがおかしい。」

その後、全ての教室で同じ状況になっている事が発覚。
インストラクターの給料も未払いで、口座から現金も消えていた。
そして、多額の借金が残っていた。

一旦は落胆したが、それでもPCがあれば、何とか私が働く事でクリアーできる!してみせる!と思い、がむしゃらに働いた。
しかし、ちょくちょく倒れる生活を繰り返しているうちに、仕事も減り、ついには気を失っている間に唯一の商売道具だったPCまで失う始末。

完全に羽をもがれた思いだった。
弱り目に祟り目。
もうダメだと思った。

今考えれば、大した事じゃないのだが、当時の私には強烈にそう思えた。
特に体の具合が悪いとなれば尚更だ。

そして、掻き集められるだけ、現金を集め、東京競馬場へ来た。
それまで、1年以上も馬券を買っていなかったのに、なぜかこれしかないと思った。
現金で400万、ローンで250万、その後の治療に50万。
合計で700万が必要だった。

そして、集められた現金は79万円。
封筒に入れ、その封筒を腹にしまってレースを見ていた。

目の前を駆け抜けていく馬達の他に、今までここから見たレースの幻が次々に見えてくる。
走馬灯とは良く言ったものだ。

天皇賞・秋は、11年連続で1番人気が負け続けている「魔物が住むレース」と言われていた。
その年は、ついに12年目。
干支で言えば一回り。
ここでジンクスもおしまい。
そして、これを的中し、全てを清算し、私の競馬人生もおしまいにする。させてくれ!
体も苦しい、今、生きている事が苦しい。
これでダメならもう死のう。
そんな気持ちでここへ来ていた。

10Rまでを見送り、ついに天皇賞・秋。
魔物退治はテイエムオペラオーに託した。
しかし、相手が見つからない。

考えた。
競馬場中の全ての空気を吸い込み、運命の行く末を見通す為に、じっとターフを見つめた。

そろそろ締め切りという頃に、一度、トイレに席を立つ。
用を足して手を洗い、鏡に映った自分の顔を見た。
白目は全て充血して真っ赤になり、髪は逆立っていた。
まさに鬼の形相だった。

そして、その姿を見て、自分自身を哀れむように笑った。
「鬼が憑いてるんじゃぁ勝てないなぁ。」と。

しかし、私には時間が無かった。
ここで何とかしないわけにはいかなかった。
正しくは、そう思い込んでしまっただけなのだが・・・。
それこそが鬼に憑かれるという事だった。

締め切り5分前。
相手を決めなくてはならなかった。
私を競馬に導いたサクラチトセオー。
そのサクラの冠を父に持つ馬トゥナンテをテイエムオペラオーの相手に決め、口頭窓口へ。

「オペラオーとトゥナンテの馬連に全部お願いします。」

79万一点勝負。
馬券を受け取り、席に戻る。

そして運命のレースがスタートした。

各馬順調に4コーナーまで進み、直線へ。
まだ若く、東京競馬場で勝利を挙げたことの無い和田騎手を見つめていた。

「まだまだ、まだだぞ・・・よしっ!行け!」

私の掛け声が聞こえたかのように同時に仕掛け、抜群の手応えで加速するオペラオー。
完全に魔物退治は成ったと見えた。
そして、その後ろにはトゥナンテの姿が。

「行ける!」
「行け!」
「行ってくれ!」

そう、心から祈った。

しかし、その外から、明らかに先頭には届かなくとも、トゥナンテは捕らえられる脚で上がってくる一頭がいた。
私も何度も競馬は見てきた。
だから、その脚色を見れば全てが解った。

1着テイエムオペラオー
2着メイショウドトウ
3着トゥナンテ

私の馬券は、わずか0.1秒差で外れた。

しかし、実感が無い。
私の心の中では、「いやいや、解らないよ。前もそうだったし、ゴール後に着順が入れ替わったレースを見た事あるし。まだ解らないよ。」という声がしていた。

数分が経過し、掲示板には確定のランプが点灯した。
それでも「いやいや、まだ解らないよ。・・・解らない。・・・・・・いや、解っているよ。」

後方の券売機で払い戻しが行われている辺りまでフラフラと移動した。

「負けたんだね。・・・やっぱり負けたんだ。・・・祈っているようじゃ勝てないって、鬼が憑いたら勝てないって解っていたのにね。」

そう思った瞬間、膝と腰の力が抜け、通路に四つん這いになった。
そして、脳裏には、今まで見た「届かなかったレース達」が何重にもフラッシュバックする。

「うぉぉぉぉぉぉぁぁぁがぁぁぁっーーー・・・また、また届かなかったぁぁっーーー」

恥ずかしげも無く天井を突き破るような大声で泣いた。
そして、白いタイルの上に落ちた涙は、うっすらピンク色をしており、血の涙が流れている事を知った。

その場にいた仲間も、当時の彼女も、誰も私に近寄れない。
そんな中、顔も見た事もない知らないおじさんが、私の肩を抱くように声を掛けてきた。

「どうした?お兄ちゃん?そんなに泣くなよ。俺もやられたよ。来週、来週!菊花賞でやっつけようや。なぁ。」

私には来週は無かった。
しかし、そんな事情を知らないおじさんは、優しい言葉を掛けてくれた。

「はい。・・・ありがとうございます。」

私は、ただ、一言お礼を言ってその場を去った。
結局、その後、法的な手続きで難を逃れ、体の原因も解り、死ぬ事は無かった。

しばらくは競馬場にも来なかったが、来れるようになった後も、何度もあのおじさんを探したが、一度も見つける事は出来なかった。

私は、あのおじさんになりたい。
無条件に他人に優しい言葉を掛けてやれる人間になりたい。
そう思った。

毎年、自分の競馬歴が1年増えるこの時期になると、あのおじさんの事を思い出す。
今、私は、不運に見舞われ急に無職となった。
毎日、焦りと不安が様々な気持ち生み、消える。

私は、あのおじさんに成れているであろうか?

天皇賞・秋、前夜。
様々な思いに乱れる自分の心にそう問いかける。
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[ 2010/10/31 01:29 ] コラム | TB(0) | CM(2)

コメント頂きありがとうございます。
m(__)m

今年も天皇賞の威厳は保たれたと思います。

様々な記憶と思いが涙を流させました。

また来年もこの日を迎えられるよう、生きていきたいと思います。
[ 2010/11/01 21:25 ] [ 編集 ]

Re: 天皇賞・秋~血の涙を越えて

管理人さんにそんな話があったのですか・・・

今年の天皇賞は観戦者に感動を与えてくれるような素晴らしいレースになって欲しいですね。
[ 2010/10/31 07:49 ] [ 編集 ]

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