fx 比較







スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「勝つ」という事

「どうしたら勝てるのか?」と考えていた。
そしたら、「勝つ」ってどういうことなのか?という新たな疑問が生まれてきた。

例えば、10万円持って競馬場に行った。
最終レース終了後、所持金が10万100円だった。
これって勝ち?
それとも負け?

所持金が減っているわけではないから「勝ち」なのかもしれないが、
「勝ち」って感じは全然しない。

そこで、更に仮説を立ててみた。
10万円スタートで、20万円ならどうだろう?
これなら少々「勝ち」って感じがする。

そして、その勝った10万円は、私はどうするのか?
多分、嫁に2万~5万あげて、みんなで焼肉でも食うね。
そして、あまった分を来週のレースの資金にするね。
他に、これと言って使い道は無いし。

・・・・・・。
そう、内容はどうあれ、勝った分って使うんだよね。
何かを買ったり、食べたり、来週馬券を買ったり・・・。
要は、勝った瞬間にマイナスに向かっているということ。

生きている限り、衣食住は必要。
衣食住=金なのが、現代。
ってことは、負けっぱなし!?

それに気がついた時、ちょっとゾッとした。
当たり前だし、分かっていることだが、人間が生きるということ、向かっている先にあるのは、
「死」という究極のマイナス。

人の一生は、長い道のりを歩く旅のような例えをよく聞く。
しかし、それは間違っている。

人の一生は、真っ暗闇に突然自分という存在が生まれ、「死」に向かって垂直落下しているようなもの。
長い寿命を定められた者は、高い位置から発生し、短い寿命のものは、低い位置から発生している。
60億が急降下している。
生きている限り常に落下。
負け続けているのだ。

そう思った。

ならば、「勝つ」事は絶対にできない。
どんな大金を持っても、過ぎた時間を取り戻すこと=落下を停止し、上昇することはできないからだ。

「如何に勝つか?」ということを考えること自体が間違いなのだ。
我々が考えなくてはいけないことは、負けることが決まっている以上、
「如何に負けるか?」なのではないだろうか?
関連記事
[ 2010/03/11 13:34 ] コラム | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://gzero0079.blog38.fc2.com/tb.php/3-393e4f39






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。